声の小ささの、理由

こえとことばの講座、2回めです。

メンバーみんな、だいぶその場になじみ、笑顔とおしゃべりが見られるようになりました。

こう言うのって不思議。

つい先週の火曜までは、会ったこともなかった人なのに。



さて、今日は体をオープンにする動きのエチュードをやりました。

ほぉお、ほおぉおおぉー、と思いながら動き続けます。





先生のすごいのは、まったく、本当に、否定せずに相手を受け入れる度量の広さ。

底なしです。

なんなんだろう。

あの、広さ、深さ。

まだたった2回しかお会いしていないけど、素晴らしい方だな、と思います。

今まで会ったことのない、本当に深い魅力がある方なんですよ。




今回、ものすごく印象に残ったこと。


ある方が、

「自分は声にコンプレックスがある。

 前に朗読劇をやった時は、舞台の後ろまで声が届いたのに、

 日常会話となると、こもったような、力のない声になってしまう。

 これはいったいどうしてなのでしょうか?」

とお話ししたんです。

先生がそれに答えて、

「声の大きさ、しゃべりかたは、

 持って生まれて来た資質というのもあるけれど、

 実際に舞台の上では大きな声が出た、とすると、

 もともとはこもったようなしゃべり方の人ではないのではないでしょうか。

 いろんな方を見て来て思うのは、

 そのひとが生きてきたうちで、『そのしゃべり方』をすると、

 家庭内がうまくいったために、無意識に調整をしているとか、

 今までの経験によって、この場面では声は小さな方がいいなとか、

 心の奥底で、セーブしてしまったり、無意識に押さえてしまったり、

 そう言うこともあるようです。

 だから、もし、自分の声はこんなふうじゃないはずだな? って思ったら、

 ちょっとだけ、自分の今までの生き方を振り返ってみるとか、

 記憶を探ってみたりするのも、いいかもしれませんね」




私が、この講座に参加したい! と強く思ったのも、自分のしゃべり方がこもるというコンプレックスがあったからで、

そして、自分の中の記憶を探ると言う話には、

強く頷くところがありました。


まだ頭の中で形にならないのですが、外に出す『しゃべる』という行為を無意識にセーブする力が働くと、こもるのかもしれません。


声と、声帯のところにあるチャクラの関係性と、

閉じる、開く、自分を外にオープンするちから、クローズして自分を守ろうとするちから、

のことを考えています。




ピラティスとは違う方向性の、思考が広がって、ほんとにおもしろいです。
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by kuroneko-no-sippo | 2009-11-18 23:43 | からだ と こころ
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